第六話 ガラスの正体

「そのショーケースにどの宝石を入れるかは誰が決めるんだろう。店主の一存なのかな。」

その質問はマスターのいう「そのガラスの鎧を身に纏わせられるかはその時代、文化や場所、状況や時には政治や宗教によって社会全体で決められるものなんだ。」

との答えに重なる質問だったかもしれない。でもマスターの話についていけないので、再度聞いてみた。

そうだね、社会全体で決めると言ってもかなり曖昧で不明確な答えだったといいつつ、マスターはつづける。

「例えば身近なもので言えば、法律かもしれないね。悪い人を抑止したり懲らしめるための刑法、人と人との間の最低限のルールを定める民法、そこら辺の法律が一番わかり良いかもしれない。」

「法律は、日本国憲法下では、国会によって決まる。国会は国民が選んだ議員によってのみ構成される。そうだとすれば、法律は間接的に国民が決定しているようなものだ。と考えるのが普通だよね。」

確かに僕も詳しくはないが、常識レベルの知識としては理解できる。

「さて、そこで疑問が一つ出てくる。たった今選挙権を行使できるようになったある国民は、すでにある法律の制定過程に自分の意思を反映できているのかという問題だ。むしろその国民はすでに法律があるがゆえに、自分自身を縛られている可能性の方が大きい。例えば刑法は基本的に禁止を規定しているからその国民の人格形成に関与しうるよね。」

確かに言われてみればその通りだ、と僕は頷く。

「しかし、『国民』とは個々の自由意思を持って生活すると同時に、日本の純然たる構成員である以上、その国の現在だけではなく過去も未来に対しても一定の責任を負うべきだと私は考えている。それが恒久的に存在する『国』に対する現在の国民の責務だとね。」

少し話が逸れたねと、マスターは言い、続ける。

「先ほど紹介した刑法。これは基本的に『悪いこと』を規定したルールだが、時代の流れによって改廃が行われている。以前は尊属殺人と言って、目上の人を殺したらそれだけで死刑か無期懲役という規定があった。普通の殺人罪が今五年以下の懲役の選択ができるのと比べて著しく重いとして削除されたんだ。昔は『目上の人』はそれだけで尊敬されていた節があったけどもその区別を無くしたんだね。」

「最近では不同意性交罪と変化した旧強姦罪も時代の影響を感じる。旧強姦罪は『女子を姦淫した者』と明確に規定されていたが、性別の問題を完全に取ってしまった。」

旧強姦罪から強制性交等罪へ変化したのが2017年、さらに不同意性交罪と名前を変えたのが2023年と目まぐるしく変化しているのを考えると、と話を続けようとしたマスターは、はっと僕の顔を見て口をつぐんだ。

「まぁ、簡潔に言えばショーケース中に何を入れるかは、『法律』を例に見て取ったように、さまざまなきっかけや方法がある。そこで私が考えたのが、レベリングという手法なんだ。」

マスターの話に少し疲れた僕は、カップを手に取り、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
熱さが喉を通り抜けるたびに、少しだけ心がほぐれていく気がした。
まぶたを閉じて、マスターの言葉の重さを噛みしめながら、身体の奥にじんわりと染み渡るコーヒーの温もりに寄り添った。

僕には少し難しい話が続いている。けれども僕にとってはすごく大切な話のような気がしてならない。

もう一度コーヒーを口に運びながら、マスターの目を見ながら軽く頷いた。