第五話 ガラスの鎧

「でもマスター、もっと具体的な疑問なんだけれども、人を殺したら殺人罪だけどペットを殺したら別の軽い罪になるって聞いたことがある。マスターの考え方だと両方同じ罪にしないといけないんじゃないかな。」

君の問いに答えるために、少し別の話をしようとマスターは続ける。

そういうと、マスターはカウンターの奥の棚から手のひらに乗るほどの縞模様の石を持ち出し、この石について率直な感想を教えてほしいと言われ、僕は答えた。

「カウンターから見える位置においてあって、気になっていた石だ。近くで見るのは初めてだけど触ってもいいの?」

小さく頷くマスターを確認してから、そっと石を手に取る。ごく普通の河原で見かけそうな、灰色と白の縞が入り混じった石。僕にはごくありふれた石に見えた。確かに白い縞々が入っていて綺麗だけれども。

素直に感想を伝えると、マスターは話を続けた。

「これは、私が君みたいにまだ若い頃、海に行った時に拾った石なんだ。僕にとってはすごく重要な石なんだよ。このショーケースに入っているどのきらびやかな宝石よりもね。」

そう言いながら、カウンターの上にその縞模様の石をそっと置いた。

「それじゃあ、マスターの宝石店なら一番頑丈なケースに入れないとね。」

うんうんと、何か懐かしそうな少し寂しげな表情をしながらマスターは答える。

「それがショーケースの問題なんだ。この石は紛れもない『宝石』でショーケースの中に入っている宝石と内在的な存在価値は変わらない、客観的等価値論からの当然の帰結だ。」

「それではなぜショーケースに入れないのか。それはこの石に対する主観的価値判断の集合があまりにも希薄だからなんだよ。」マスターは続ける。

「ショーケースとはいわば一部の宝石を守るガラスの鎧のようなものだ。そのガラスの鎧を身に纏わせられるかはその時代、文化や場所、状況や時には政治や宗教によって社会全体で決められるものなんだ。」

なるほど、この石はもしかしたらマスターだけが思い入れのある唯一の宝石かもしれない。けれども僕から見ればまだただの石、ただの宝石にしか見えない。そうだとすれば、世界でショーケースに入れるべきだと判断するのはマスターただ一人かもしれない。

「ダイヤモンド、ルビーやサファイアは、誰が主観的に判断してもショーケースに入れるべきだと思うだろう。その宝石の最たるものは、人の命だね。皆人間である以上他人の命も尊重するべきだとおもう人が大半だろう。しかし、ペットの命はどうだろう。犬が嫌いな人は犬という宝石をショーケースに入れなくてもいいと考えるだろうし、馬主の人は馬をショーケースに入れたがり、馬刺しが好きな人は逆に入れたがらない。食べる機会が減るかもしれないからね。」

そうか。宝石店である以上、セキュリティもしっかりしていて店内においてある宝石はとりあえず守られている。しかしその中でも誰もがもっと頑丈に守らなければと望むものをショーケースに入れるのかな。僕は一生懸命にマスターの話を聞いて自分なりの解釈をしてみた。

「質問なんだけれども、そのショーケースにどの宝石を入れるかは誰が決めるんだろう。店主の一存なのかな。」

カフカは静かな店内の隅で、甲羅の上に手足をだらりと伸ばして昼寝をしている。
つぶらな目をやさしく閉じ、時折首をゆっくり伸ばしたまま微動だにせず、呼吸だけがゆっくりと小さな体を上下させている。
安心しきった様子で、甲羅から手や足を出しっぱなしにして、柔らかな陽だまりの中でまるで石のように静かに眠っている。
その姿がなんとも愛らしく、見ているだけでカフェの空気にもゆったりとした穏やかさが広がった。