第七話 時をかけるカメ

「まぁ、簡潔に言えばショーケース中に何を入れるかは、さまざまなきっかけや方法がある。そこで私が考えたのがレベリングという手法なんだ。」

マスターはいつもより少し語気が強まり、身振りを交えながら話し続ける。
手元のカップをしっかり握りしめ、眉をわずかに上げて、瞳はきらりと熱を帯びていた。

「例えば『人間』をテーマにした場合、どんなカテゴリがあるかな」

僕は気軽に思いつくものを口に出していく。

「性別や国籍、肌の色や住む地域、男女や大人・子供ってところかな。」

マスターはおそらく冷めてきたであろうコーヒーを、さも淹れたてを飲むかのように静かにすすりながら頷く。

「そこで問題なのは、そのカテゴリごとにショーケースに入れるかなんだ。」 
「客観的(生命)等価値論において、客観性とは最も重要な要素であり、主観はもとより時間や空間にもとらわれてはいけない。時空は相対性があるから歪む。」

僕はふと、アインシュタインが舌を出している有名な写真のことを思い出した。
熱のこもったマスターの話に、どこかコミカルで自由なその一瞬が頭にちらついて、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

「君の言ったカテゴリというものは、社会がある程度の括りで分類したものにすぎない。性別は昔は2つだったが今は10個以上あると言われているし、大人の定義も時代によって変わってきた。このような現象がカテゴリ全体で起こりうる。カテゴリは極めて流動的なんだ。」
「しかし上位カテゴリの『人間』は必ずショーケースから出ることはない。それはなぜたと思う?」

僕は少しだけ考えて、人間は特別だから?と答えようとした。
軽率な回答だと思うけれども、なかなか答えが見つからない。


「マスター、分からないんだけどそもそも『人間』ってカテゴリ自体が僕は理解できていないのかもしれない。」

マスターは、その疑問が大正解だといい、嬉しそうに話を続ける。
「確かに、現時点でどこまでが人間かを主観的に定義してショーケースから外すこともできる。しかしそれは現時点での判断にすぎず、カテゴリの流動性を無視することになるんだ。」


「過去の人種差別や尊属殺人、優勢思想や中絶の権利の問題、胎児の殺害、脳死、染色体の数、現時点で『人間』を正確に分類することは、私の考えでは不可能なんだ。だからこそ、あえて無理にカテゴライズせずに流動性を持たせたままショーケースに入れるべきと考えている。」


「そしてショーケースも絶対的ではないんだ。ハンマーで割れる。そもそも何が『人間』かを比較衡量によって判断できたとしても基準が明確化されず予測も難しい。そのための物差しとしてショーケースが機能するわけだが物差しは物差でしかなく絶対的な価値を測るのには不完全だ。それでもショーケースに入っていたら、何も知らなくても大事なものなんだと誰もがわかる。だからとりあえず大事な宝石は入れておくんだ。」

僕はマスターの話を聞きながらカフカを眺めていた。
つぶらな瞳や、のんびりした仕草を眺めているうちに「カフカって男の子なのかな?」とふと思う。でも、マスターもお客さんも、誰もその真偽を知らない。
カフカが甲羅に日差しを浴びて昼寝をしている姿を見ながら、誰もが「あえて確かめないまま」のやさしい時間が過ぎていくのだった。
そして今日もまた、カフカは静かに店の片隅で、小さな謎のまま過ごしている。