「客観的生命等価値論。」
僕は思わず復唱した。僕の命、マスターの命、カフカの命はすべて確かに大事だ。でも、トロッコ問題のようにマスターかカフカ、どちらかしかを助けられないとすると僕はマスターを迷いなく選んでいたと思う。
でも、マスターの立場で考えたらきっと違う。私はいいからカフカを助けてくれと必ずいうはずだ。人の命は何よりも重要だ。そんなの当たり前で疑いもしなかった。しかし、マスターの話を聞けば聞くほどその常識を疑い始める自分がいた。
「人の命ってそんなに重要な価値を持っていないのかな。」
マスターの話を聞き色んなことを考えながらふと口走った。
「それは間違ってる。」いつになく厳しい口調で、眉間に皺を寄せながらマスターが言う。
「人の命は重要だ。それはみんな思っているだろう。ただ、カフカも庭に植えてある樫の木も、排水溝に潜んでるネズミも列をなしている小さな蟻たちも、すべてもれなく重要なんだ。そしてその価値に差はなく平等なんだ。それが、客観的に観察した時の生命の等価値性だよ。」
少し落ち着きを取り戻したのかマスターは大きく息を吐き、白いひげにマグカップを近づける。
「ごめんね。少し混乱してて。そんなつもりで言ったわけではないんだ。」
「こちらこそ語気を強めてすまなかった。よく勘違いされるんだ。常識を疑いはじめることは難しい。特殊相対性理論の登場によって時間と空間は絶対的ではないと言われた時も、量子力学で観測されるまで存在しない猫が出てきた時も、みんな理解に時間がかかった。」
マスターはどの分野の教授だったのだろうと、ふと疑問に思う時がある。
「でもマスター、もっと具体的な疑問なんだけれども、人を殺したら殺人罪だけどペットを殺したら別の軽い罪になるって聞いたことがある。マスターの考え方だと両方同じ罪にしないといけないんじゃないかな。」
少し驚いた表情で、かつ目を輝かせながらマスターは言った。
「それはショーケースの外の話だね。」
宝石店ごっこがまだ続いてたんだと思いながら、マスターの話の続きを聞くことにした。